Our Favorite City ニッポン×タイワンオンガクカクメイ のはじまりに寄せて

Our Favorite City ニッポン × タイワン オンガクカクメイ

2021/05/07 18:55

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「Our Favorite City ニッポン×タイワンオンガクカクメイ」のオープンを記念した寄稿コラム。今回は、台湾のインディーズ音楽にドハマりしている会社員兼ライターの中村めぐみが、「台湾インディーズ入門編」として、さまざまな雑学をお伝えします。


この度は、「Our Favorite City ニッポン×タイワンオンガクカクメイ」の開設、おめでとうございます。

この、おしゃれでかわいらしいサイトが、台湾と日本の音楽をつなぐ、新しい拠点となりますこと、とても期待しております。





本編の前に、簡単な自己紹介をさせてください。

中村めぐみと申します。台湾を中心に、アジアの音楽を紹介する「Tapioca Milk Records」を運営する傍ら、世を忍ぶ仮の姿として、東京都内で会社員をしております。


私は数年前に、あるきっかけから、台湾のインディーズバンドにドハマりしました。



中国語の知識がゼロのなか、

「台湾の音楽を一緒に楽しめる仲間を増やしたい。仲間を増やすには、世に広めることが最善である。でも、どうすれば良いんだろう?」

と考えるようになりました。


そして、実際に取材をして交流を深めるなかで、そのベールを少しずつ剝いでいき、情報を日本へ伝える活動をはじめました。


その過程で体験したことは、日本の生活で養われた思い込みが外れることばかり。

まさに、「台湾の音楽文化を追いかけることで、私の生活に革命が起きた」と言ってもいいくらい…本当に、それまで、マジで、何も知らなかったんです。


今回は、そんな私の視点から、台湾のインディーズ音楽を取り巻く環境や歴史について、「今思えば、これ、早めに知っておきたかった…!」と思う3つの雑学をお伝えします。



1980年代後半からはじまった台湾インディーズ音楽文化


現在、台湾の音楽市場には、メジャーシーン、インディーズシーンがあります。


インディーズシーンでは、大手レーベルに所属しないアーティストたちが活動しています。大手レーベルに所属をしていない、たとえば草東沒有派對 (No Party For Cao Dong)茄子蛋 (EggPlantEgg) のように、集客力や知名度の高いアーティストたちもいます。

(日本との違いも当然ありますが、「メジャー/インディーズという概念がある」、という点は共通している、とご理解ください。)


高校や大学では、日本と同じように音楽サークルでのバンド活動が見られるほか、音楽イベント、音楽フェスティバルが毎週のように行われています。


そんな台湾のインディーズ音楽文化のはじまりは、今から約34年前、1987年前後、と言われています。

台湾では、1947年の二・二八事件以降、1987年までの40年弱にわたり、戒厳令が敷かれていました。戒厳令下では、流行音楽や出版物は制限され、ロックミュージックが陽の目を浴びるのなどもってのほか。


テレビでは「良い子のための音楽」が流れるなか、ロックを聴きたい人びとは、洋楽の海賊盤や違法コピーを入手して海外の音楽に触れていたーーそんな当時の様子が、戒厳令下に生まれ、今も台湾インディーズシーンの第一線で活躍する八十八顆芭樂籽(88balaz)のメインボーカル、Balaz Lee(阿強)氏の証言から明らかになっています。


Balaz Lee 「僕がはじめて西洋の音楽に触れたのは、9歳の時に、6歳年上の兄がGuns N’ Rosesのカセットテープを手に入れたのがきっかけです。その頃、台湾にはレコード屋に加え、違法コピーされて売られているカセットや海賊盤を聴いている人も多かったですよ。」
(引用元:インタビュー|日本へ魅力が伝わる台湾インディーズシーン、その先駆者と振り返るカルチャーの分岐点 Qetic )




戒厳令が解かれたのち、時代とともに台湾インディーズ音楽文化が徐々にマーケットを形成します。


2010年からは年に1回、インディーズ音楽アーティストを表彰するアワード「金音創作獎 (英:Golden Indie Music Awards)」が行政主導で開催されるなど、市場は時代のなかで変化を遂げながら、少しずつ成長しています。



トレンドは、ソフトな音楽性


九州とほぼ同じ面積、「東京以外の関東を全部足した数」と同じくらいの人口を擁する台湾。

首都台北を中心に、さまざまな音楽性を持つバンドが活動しています。



(↑台湾インディーズバンドをまとめたマップ。 出典元:Tapioca Milk Records


現在の台湾のインディー・ロックシーンでは、どちらかといえばライトな音楽性のバンドが多く、人気があります。


コロナ禍以前には、フジロックへの出演や、都内のライブハウスで音楽活動を行った、落日飛車(Sunset Rollercoaster)をご存じの方も多いのではないでしょうか。

2011年のデビュー以来、音楽性をよりシティポップ、かつAORに変化させていった彼らは、高い演奏技術で高い知名度を誇るほか、タイの著名なバンドGym and Swimとコラボレーションをしたりなど、国際的にも活躍しています。



とはいえ、ハードな音楽性のバンドが活躍していないわけではありません。


たとえば、台湾メタルを代表するCHTHONIC(ソニック)、コズミックな雰囲気全開のノイズサイケバンドDope Purpleの存在など、「うるさい音楽が好き!」な方にとっても、ディグり甲斐に溢れています。


\コラボプレイリスト展開中!/

「Our Favorite City ニッポン×タイワンオンガクカクメイ × Taiwan Indies Music Map」では、台湾ミュージックが大好きなメンバーによるおすすめの楽曲を、5月末までの期間限定でPOWER PUSH中!ぜひ聴いてください!





原住民音楽とインディーズ音楽の融合


台湾には現在、16の少数民族が住んでいます。

少数民族は、言語、音楽、絵画など独自の伝統文化を持ち、それらが現代にも伝えられています。


※日本では、「原住民」は差別用語に当たり「先住民」という表現が推奨されています。

しかし、台湾では、「先住民」は既に失われた民族という意味になるため、ここでは、あえて「原住民」と表記しています。


そして、インディーズ音楽シーンでも、原住民族出身のアーティストが活躍しています。

昨年、台湾を代表する音楽アワード「金曲奨 (英:Golden Melody Awards)」で年度楽曲賞など3部門を受賞したパイワン族出身のアーティスト阿爆(A-bao)は、少数民族の言語を継承し、より多くの原住民のクリエイターが母国語での創作活動に専念できるようにすることを目的とし、インディーズ音楽レーベル「那屋瓦(Nanguaq)」を設立しました。

「那屋瓦(Nanguaq)」から3月末に発表されたコンピレーションアルバム『N1』では、パイワン族、ブヌン族、アミ族、ルカイ族の、17歳から29歳までの7人のシンガーソングライターによる作品が収録されています。



リードトラックには、近年YouTubeで話題の、珂拉琪(Collage)のメインボーカリスト、Natsukoによる「fu’is 星星歌」を収録。

アミ族の言語とロック、エレクトロニカの融合、そして日本語までもが登場し、一風変わった雰囲気を醸し出しています。

アルバムアートワークを手掛けた、ララダン・バワワロン氏によるアーティストコラボのLINEスタンプも展開。(これもうおしゃれで。知った瞬間、秒で買いました)



このように、『N1』では、個性際立つコンピレーションはもとより、さまざまな角度から原住民族の文化に楽しく触れることができます。ぜひ聴いてみてくださいね。




おわりに


今後、「Our Favorite City ニッポン×タイワンオンガクカクメイ」では、さまざまなアーティストの対談を企画しているとか。

個性的なアーティストたちの対談を通し、日本と台湾の違いも多く語られることでしょう。それは時に、私たちの予想を超えてくることもあるでしょう。


異なる文化から生まれる音楽を、ぜひ一緒に楽しみましょう。



それがきっと、私たちにとっての、「オンガクカクメイ」のはじまりです。









中村めぐみ

世を忍ぶ仮の姿として某企業のPR Managerをしながら、台湾の音楽の良さを広めると噂されている。
 Twitter @Tapitea_rec


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